名古屋地方裁判所 昭和44年(ワ)3448号 判決 1972年8月29日
原告
大橋正一
同
大橋まつえ
右訴訟代理人
山本卓也
被告
愛知海運株式会社
右代表者
加藤繁一
右訴訟代理人
神谷幸之
主文
被告は原告大橋正一に対し金一五六万円、原告まつえに対し金一五三万円、及びこれらに対する昭和四三年九月一日以降右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は三分し、その二を原告ら両名の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は、原告両名勝訴部分にかぎり、それぞれ仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一、本件事故の発生
訴外大橋勝一が、昭和四三年八月二一日午後七時頃、半田市港町一丁目半田海地に停泊中の白百合丸内において、原告正一とともに同船の内装板張り工事に従事中、身体の自由を失つたため転落し、脳挫傷兼頭蓋底骨折の傷害を負い、間もなく半田市高橋病院において死亡したことについては、当事者間に争いがない。
二、本件事故の原因
(一) <証拠>によると、被告会社は港湾荷役作業をする会社であるが、訴外日本油脂株式会社より、昭和四三年八月二二日に知多郡武豊港において、白百合丸にダイナマイトを積荷するように依頼された。ダイナマイトは危険物であるため、積荷をする際には、船倉を板で間仕切りし、他の荷物と区別するものであることが認められる。
(二) <証拠>によると、同月一九日被告会社半田支店長代理佐野が、原告正一に対し、右間仕切り作業(内装板張工事又は内張り工事ともいう)を依頼した。原告正一は一旦多忙のためことわつたが、結局ひきうけた。その際被告会社は工事は午後五時頃から着手してほしい。作業が夜間に及ぶので被告会社において照明器具は準備する旨約束したことが認められる。
(三) <証拠>によると、白百合丸は半田市港町一丁目三九番地被告会社半田支店前衣浦港半田泊地の岩壁より三〜四メートル離れて停泊していた。同船は157.93屯、長さ14.2メートル、幅6.6メートル、高さ4.2メートル、船体の中央に船倉があり、船倉のほぼ中央部(船倉の船首側より6.7メートル、船尾側より7.5メートル)に右舷より左舷に幅約一六糎、厚さ約六〇糎の鉄製ビーム(梁)一本がわたされており、本件投光器の電源は白百合丸まで約六、七メートルの被告会社前の機械室にあつたことが認められる。
(四) <証拠>によると、被告会社においては同社の作業員松下富久ら三名をして、被告会社所有の本件投光器外一個の投光器を、三相三線のキヤップタイヤで二〇〇ボルトの前記電源に接続し、白百丸の甲板通路から船倉内に吊して、原告らが夜間作業するための照明設備をなしたことが認められる。
(五) <証拠>によると、原告正一は被告会社より依頼をうけた白百合丸の内装工事をするため、亡勝一、次男勝好、柘植彦三を連れて同船に赴き、八月二一日午後五時半頃より作業に着手した。被告会社の沢田好一は午後六時頃電源のスイッチを入れた。その後午後六時半頃までの間に相当強い夕立があつたが、投光器は、(四)にのべた位置におかれたままで雨ざらしになつていた。原告らは雨がやむのを待つて作業に従事したのであるが、作業場が暗いため、柘植彦三がたまたま本件投光器附近の甲板にいた亡勝一に対し、照明器具を梁から吊してもらうように船底にあつた本件投光器を手渡した。間もなく亡勝一はアッという声をあげた。柘植彦三と原告正一がその声で亡勝一をみたところ、同人は投光器のホルダー部分を両手で握り、右舷をむいて梁に馬乗りになつていた。柘植と原告正一は感電したと思い、スイッチを切れと叫び、折柄電源前にいた沢田好一がスイッチを切つた。同時に原告正一もスイッチを切るようにキヤップタイヤをひつぱつた。投光器が消灯して少し経ち亡勝一は梁の直下に仰向けに転落し、原告正一が抱きかかえて「しつかりせよ」と叫んだが応答しなかつたことを認むることができる。
(六) <証拠>を綜合すると、本件投光器は被告会社が度々使用していた器具であるが、他の一個と比べると可成り古いもので、投光器全体その表面に塗装剥離があり、ホルダーの上端部は腐蝕して少し穴があき反射笠の腐蝕もあり、組立用のネジが錆びつき、無理にネジを弛めようとすれば器具をこわす可能性があり、元来は防水を顧慮して作られた固定用屋外用投光器であつたが、内部に雨水が浸入易い状態にあつたことが認められる。
(七) そして<証拠>によると、本件投光器のソケットとホルダー部分との間に雨水が侵入した場合には、そこの部分に漏電の可能性がある。しかし、ホルダー部分が塗料で被覆されている場合には、たとえ右漏電があつたとしても、塗料の表面には漏電しない。塗料が剥離してホルダーの金属部分が露出していると、その部分に漏電現象がみられることが認められる。
以上の諸事実を綜合判断すると、夕立の際、本件投光器のソケットとランプホルダーの間に雨水が浸入して漏電し、ホルダー部分の塗料が剥離していたので、そこに漏電し、これを握つていた亡勝一は感電により身体の自由を失い転落したものと推認できる。
(八) <証拠>(各鑑定書)によると、本件投光器は漏電しないという結論であるところ、証拠によれば、両名は右認定の鑑定人であるが、右鑑定は乾燥状態の本件投光器の漏電の有無を鑑定したに止まり、事件当日のように雨水に漏れた状態での漏電の有無については検討されていないことが認められる。従つて右各鑑定の結果は前記認定を左右するに足りないものである。また証人小路伸敏の証言には、同人は警察の捜査時において、本件投光器に漏電現象を認めなかつた旨の供述部分があるが、その調べ方は、同証言によると、器具本体を裏手でスーツと触つて漏電の有無を点検したというのであつて、その検査方法が社撰であるから、漏電現象を否定する資料とはなし難い。
(九) 被告は、亡勝一の転落の原因は、亡勝一が雨に漏れてすべり易い幅1.6糎の細い梁にまたがつて、重いキヤップケーブルをもち上げていたので、自分で安定を失つたか、或は下でケーブルをひつぱつたため体がふらついて落下したものか、ないし投光器の光に眩惑されたか、投光器の熱に驚き、バランスを失い転落したものと主張しているが、これを認むるに足る証拠はない。
三、被告の過失
前項(二)で認定した如く、被告は原告正一、亡勝一らが夜間作業をするについて、あらかじめ照明設備をなすことを約束したのであるから、もとより安全を確認して投光器を貸与べすきであり、本件器具の如く瑕疵ある投光器を用いる場合には取扱上の注意を喚起し、かつ使用電源も電気設備技術基準一七七条、二三〇条に合致したものを使用すべき注意義務があるにもかかわらず、前記認定によれば、被告会社の被用者今井、沢田、松下らは右義務を怠つたというべく、従つて被告は右被用者らの不法行為により後記原告らのうけた損害を民法七一五条により賠償すべき義務を負うといわねばならない。しかしながら、他方、本件投光器が雨に漏れたのは原告らが作業中の船内での出来事であり、かつ本件投光器の表面塗料が剥離し古びていることは一見して外観上明白なことであるから、原告正一、亡勝一らとしても雨中のその取扱については漏電の危険性を予見して注意を払わなければならないものである。従つて、この点は損害額の算定にあたり斟酌すべきことである。
四、損害
(一) 亡勝一の逸失利益の原告両名の相続分
<証拠>によると、亡勝一は昭和二〇年一月二五日原告らの長男として出生し、原告ら主張の経歴を経て、昭和四二年一一月頃家業の造船業をつぐべく帰宅したが、ヨットなど設計製作の技術も修得していた。亡勝一は本件事故当時父親正一の経営する大橋造船所に稼働していたことが認められる。右事実及び当時の造船業者の実情を併せ考えると、亡勝一の収入は原告ら主張の月額五万円は下らず、その生計費として二分の一を控除するのが相当というべく、従つて純収益は一月二万五〇〇〇円一年間三〇万円になるところ、亡勝一は事故当時二三才の健康な男子であつたから、その職種、家庭の環境その他の諸事情によると、なお今後三七年間は稼働しうべく、以上の諸事実に基づきホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除し、事故時における一時払額を算出すると、
六一八万円(30万円×20.6254=618万7620円 一万円未満切捨)となり、原告らは両親として右金額の各二分の一宛三〇九万円の損害賠償請求権を相続承継したというべきである。
(二) 原告正一の葬儀費用
<証拠>によると、同原告は葬儀費用約三〇万円を支出したことが認められるから、それ以下である請求金額全部を認容すべきである。
(三) 過失相殺
以上のとおり原告らの財産的損害は、原告正一が三一九万円、原告まつえが三〇九万円となるが、原告正一、亡勝一らにも前記過失があるから、これを斟酌し、原告正一につき一〇六万円、原告まつえにつき一〇三万円に減額すべきである。
(四) 原告正一、同まつえの慰藉料
<証拠>によると、原告ら両名が最も期待をかけた長男を一瞬不慮の事故により失つた精神的苦痛の甚大さは察するに余りがあり、本件事故の態様、過失の程度その他諸般の事情を考えると、原告ら両名の慰藉料としては各金五〇万円が相当である。
五、よつて原告らの被告に対する請求は、原告正一につき金一五六万円、原告まつえにつき金一五三万円、及びこれに対する不法行為発生の後である昭和四三年九月一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(戸塚正二)